2007.01.22

残業は誰のため?

 ホワイトカラーエグゼンプションと残業代割増率の関係で、いろいろな人が残業について発言しているが、気になる発言がいくつかあった。
 1月18日(木)の日経新聞によると、

厚生労働省の辻哲夫次官は18日の記者会見で、一定条件を満たす労働者の労働時間規制を緩める「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション(適用除外)」について、「残業代の割増率の引き上げとパッケージでとらえるのが筋だ」と指摘。通常国会への提出を目指す労働基準法改正案に、一方だけの制度改正を盛り込む考えがないことを強調した。

とのことだ。
 労働政策審議会で両方を議論しているから、ということが理由のようだが、「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」は、残業代を減らすための法案ではない、と言っているのだから、セットである必然性はないはずだ。
 逆にいえば、やはりホワイトカラーエグゼンプションは、残業代を減らすことが大きな目的の一つだから、残業代の割増率の引き上げとセットでしか考えられないということなのだろう。 衣の下から鎧が見えている。

 また、経営者団体系の人が何人か言っているのが、「残業代の割増率をあげると、残業が増える」というもの。
これも、おかしな話で、残業は、経営者が労働者に「残業命令」をするから残業できるのであって、残業を増やしたくなければ、きちんと従業員をマネジメントして、所要時間内に仕事を終わらせるのが筋だ。
 さぼっている、あるいは能力不足で残業していると思うのなら、人事考課できちんと対応すべきでしょう。
 家に帰りたくなくて残業している人や、忙がしたがり病で、必要のない仕事をやって残業している人がいることも事実ですが、それは経営者の問題であるわけです。

 あと、この手の問題発言を以前から繰り返しているらしいのが、人材派遣会社ザ・アールの奥谷禮子社長。
 「過労死は自己管理の問題」と言い切っているようだ。(週刊東洋経済2007年1月13日号
 これが、ただの会社の社長さんなら、その会社だけの問題だが、経済同友会から、使用者側代表として、厚生労働省の労働政策審議会の雇用条件分科会の委員となっているので、全国の経営者・労働者に影響を与えることになる。
 2006年10月24日の分科会の議事録を見ると、この方は、自分の目に入ることにしか真実がないタイプ、ある意味、想像力が欠如している(+論理性が欠如している)人なのかなと感じた。
 例えば、労働相談(トラブル)の件数で、期間の定めのない契約から有期契約への切り替えについてのものが多いことを指摘したうえで、なぜ経営側は有期に切り替えなければならないのか、と聞かれたのに対し、
「働いている側から自分の都合で急に留学をしたい、育児休業に専念したい、そういう形で契約社員的なほうが自分の働き方、ライフスタイルに合うという希望があって、そういう雇用形態にするということがあって、一方的にこちら側から契約になれということは少ないと思います。ですからむしろ働く側が、自分のライフスタイルに合わせて、契約的な仕事のほうが責任という部分も含めて軽くなるという意識があっての申し入れが多いのだと思います。」と答えている。(^^;
 また、下に議事録から少々長い引用をするが、おもしろいやり取りがある。
 深夜勤務手当を支給しないように変更することについて、労働側委員が異議を唱えたのに対して、奥谷委員が反論した部分だが、現に過労死している中間管理職や管理職が少なくないこと言われると、それは自己管理の問題だと言い出し、会社から仕事をどんどん与えるのだと言っても、それを断るのが自己管理だと言い、最後には、労働者が会社に過剰な仕事を断れないのは、組合が労働者を甘やかしているせいだと言い出している。
 自分の見ている範囲でしか判断できずに不用意な発言をしているうえに、論破されると最後は根拠も何もない、単なる非難をしてしまう。もし、本音で思っていたとしても、言ってはいけないことだ。これを公の場で発言してしまうというのは、自分の言っていることの問題を理解していないためではないかと思われる。
 また、それ以前に、自分が参加している会議の趣旨を分かっていないように思えてしまう。周囲に、きちんと諫言してくれる人がいないのか、言っても聞かないのか・・・。
 経済同友会も人材不足なのだろうか。

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2006.11.06

官僚とマスコミの算数力

久々の更新ですが、書いていたら、内容が散漫で文章が変になってしまいました。後で整理します。

 厚生労働省から資料をもらっていると、おかしな計算に出会うことがある。
 つい最近も、障害者自立支援法の施行状況についてのデータを要求したところ、10月23日に、奇妙な計算をしたものが出てきた。そして、そのデータは山井事務所に提供する前に、記者発表をしたらしく、その翌日以降のマスコミに、厚生労働省が出してきた数字がそのまま報道されている。例えば、読売新聞では

障害者の0.39%が施設利用中止
自立支援法施行 自己負担増で

 厚生労働省は23日、障害者自立支援法施行による自己負担増を理由に通所・入所施設の利用をやめた障害者の割合は、調査を実施した14府県の単純平均で0・39%だったと発表した。

 同省では「極めて低い水準」としている。

 大阪、埼玉、千葉など各府県が個別に調査した結果を同省がまとめたもので、最高は三重県の0・76%、最低は宮崎県の0%だった。三重、和歌山など4県では利用実態も調査し、通所日数を減らすなどの利用控えが0・6~2・0%起きていることがわかった。

 4月に施行された同法では、サービス利用料の原則1割の自己負担が導入され、障害者団体などから、福祉サービスの利用を断念する障害者の増加を懸念する声が出ていた。

 全国の作業所・授産施設で組織する「きょうされん」は、「法施行前に利用をやめた人も多く、実際はもっと多いはずだ」と批判している。
(2006年10月24日 読売新聞)

と報道された。

(余談だが、記者発表をしているのに、このデータは厚生労働省のウェブサイトの「記者発表」には、未だに掲示されていない。このような資料的なものこそ、議論の土台となるものなので、きちんと掲示しておくべきだと思うが、誤っていることを知っているから出せないのだろうか。)

 この「0.39%」という数字の出し方が、滅茶苦茶だった。
 各県における、利用料負担を理由とした退所者のデータから出したものだと言っていたのだが、これが、各都道府県毎に出した%の数字を「単純平均」していた。
 割合を単純平均って、小学生じゃないのだから、受験戦争を勝ち抜いて、公務員試験を通った人間がやることではないと思う。数字を少しでも低く見せようとして、意識的にやったのか、本当に気がつかずにやったのかはわからないが、前者であれば姑息だし、後者であれば情けない。特に、後者だとすると、担当者だけでなく、決裁をした上司(局長?)まで、誰も気づかなかったのか?
 また、マスコミもこの数字を垂れ流しているが、記者やデスクは誰も疑問に思わなかったのか?

 念のため書くと、割合を単純平均するということは、「濃度9%の食塩水90mlと濃度1%の食塩水10mlを混ぜると食塩水の濃度は何パーセントになりますか?」という質問に、「5%」と答えているのと同じだ。(正解は8.2%)

 私がざっくり計算したところでは、この平均をやめて、実数を足して割り返すようにするだけで、数字が2割増しになる。

 また、元資料をチェックしてみると、対象者の半数程度しか調べていないのに、その調査中での利用料負担を理由とした退所者の数を、県の施設の定員(通常、実際の利用者は定員の9割程度)で割って、利用料負担を理由とした退所率として算出したと見られる県もあった(県の発表資料では、実数しか出しておらず、厚生労働省が計算したようだ)。
 さらに、4月からの自己負担発生だったので、その前に退所した人も少なくないのに、3月の退所者を調べていない県の方が多かった。
 他にも、発表資料で、利用料負担を理由とした退所者が0とされていた宮崎県で、実は「工賃以上の利用料を支払うのは嫌だ」という理由の人が別に集計されて、含まれていなかったとか、施設には通所施設と入所施設があり、特に通所において大きな影響が出ているのに、あえてこの2つを分けずにデータを公表しているなど、少しでも数字を低く見せようという、厚生労働省の方向性が見てとれる。

 このあたりの数字は、割合で見る限り、きちんと出しても、それほど大きな数字にはならないだろう。しかし、実数で考えたとき、新潟で4月以降に退所した人が20人もいることを考えると、全国で少なくとも1000人程度(20*50=1000)は施設を退所している可能性が高いと予想できる。
 厚生労働省の担当者やマスコミは、1000人という数字は、無視できるほど少ない数だと考えているのだろうか。

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2006.05.24

問題の存在の認識

 昨年10月から、介護保険施設の居住費・食費が自己負担となり、特に一定以上の所得がある層では、大きな負担増となっている。
 半年が経過して、経済的理由により退去を余儀なくされた人がいるという情報がでてきている。
 本来であれば、国が自分の施策の結果の点検として、本当に経済的理由で退去した人がいるのか、その人たちは今どのように生活しているのか等をきちんと全国的な調査すべきだろう。しかし、厚生労働省は、「適宜都道府県や市町村の担当者に話を聞いているが、そのような問題は聞かない」というような回答をする。

 しかし、措置ではなく介護保険になっている今、全国の市町村のどれだけで、施設に入っている人の状況を個人別に捕らえられているだろうか。措置の時代でも、施設に入れた後のフォローをさぼる市町村があった。介護保険になって、施設に入居している自分の自治体の住民を全て訪問しているような市町村がいくつあるだろうか。

 個別の情報を持っていない市町村に聞いても、個別の経済事情で退去した人が捕捉できるわけがない。
 逆に、個別の事情をきちんと把握できているような市町村であれば、住民が困らないようなフォローができている可能性が高く、結果として問題は発生しにくい。
 つまり、厚生労働省は、問題が把握できていないか、若しくは問題の発生が抑えられているルートろからの情報収集をして、「問題は(少)ない」と言っているに等しい。
 

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2006.04.04

公務員数の削減

 今朝の読売新聞に、「ハローワーク、刑務所、気象庁・・・ 国の人員削減難航」というタイトルで、公務員数の削減が進まないのが問題だ、という論調で書かれていた。しかし、本当に単に減らせばいいのだろうか?

 仕事をしていない人や、余計な仕事を整理すること、また硬直した年功賃金体系のあり方を見直すことなどは必要だと思うが、仕事の整理もせずに、一律人員削減しろというのは、あまりに乱暴だろう。
 昭和30年代から比べて、農林水産業につく国民は大きく減り、農地も少なくなっている。一方で、農林水産省の役人の数や予算(の全体に占める割合は)どれだけ減ったか。
 逆に、社会保障関係の対象者や事業の多様化、予算の増加に対して、厚生労働省の人員はどれだけ増えているか。今の時点で、「一律5%削減」などする前に、業務の整理と、各省庁での必要人員の抜本的な見直しが先だろう。それは、役人が自分ではできないので、政治家の仕事だ。

 また、三位一体改革において権限の移譲と財源の移譲を検討・実施する中でも、本来は人員の話がセットであるはずなのに、それも明らかには聞こえてこない。

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2006.02.26

書き込み再開します

 消失同盟のバナーを貼っておく必要が大のこのサイトですが、7ヶ月ぶり(^^;に書き込みをしています。

 世間では、N議員問題なども騒がしいですが、政局関係に触れようと思うと、また書けなくなってしまうので、粛々と自分の興味のあることを書くようにしたいと思います。

 既に誰も見ていないような気もしますが、これからは最低月1書くようにするつもりです。

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2005.07.23

虐待防止法に「介護者支援」がついている理由

 HelperTownさんで、民主党の「高齢者虐待防止・介護者支援法案」のことを取り上げていただきました。ただ、「なぜ『介護者支援』がついているか」について、若干誤解があるようなので、少し補足をしたいと思います。

 確かに、施設での虐待に対するところでは、サーラ法が意識されているのですが、そのために「介護者支援」がついていると考えるのは、ちょっと考えすぎです。
 民主党案で、「介護者支援」がついているのは、家庭での介護者のことを意識してのことです。
 家庭での虐待の場合、熱心に介護をしている介護者の方が、周囲からの支援も満足に得られず、また助けを求める術を知らない中で発生していることが少なくありません。
 虐待したくてしているわけではなく虐待を起こした人を責めても、お年寄りの生活は良くなりません。虐待をなくすためには何が必要かを考えると、そのような状況を早期に発見するとともに、そうならないように、介護者に対して適切な支援の手を差し伸べることが必要です。それを明確にするために、「介護者支援」をセットで入っているわけです。

 介護者支援をセットにすることについては、「虐待すれば福祉サービスを優先的に受けられるということになり、モラルハザードを招くのではないか」という意見もありました。しかし、本当に問題なのは、必要なときに介護者がゆっくり休んだり、遠くへ出かけることができないことです。今は、そのようなレスパイトのサービスの供給量が不足していて希望の時に使えず、「自分が病気になったらどうしよう」等、ストレスが必要以上にたまります。イライラしていてよい介護ができるわけがありません。

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2005.07.21

[読書]「外断熱」からはじまるマンション選び!

本の表紙
堀内正純:「外断熱」からはじまるマンション選び! 価格・立地・間取りだけで決めていませんか?


 NPO法人 外断熱推進会議の事務局長を務める、堀内正純さんが書かれた本です。
 非常に分かりやすく、外断熱のメリット、デメリットが書かれており、また、最近増え始めた外断熱RC住宅の事例も豊富に紹介されています。
 右のリンクに乗っているサイトの主催者も紹介されています。

 マンションを買う側、借りる側もさることながら、建築関係者や、マンション・賃貸住宅を建てる方、自治体関係者、市町村長などにぜひ見ていただきたい本だと思います。

 私も実際に外断熱マンションに住んでみて、福祉施設や病院でうまく使えば、快適なだけでなく、冷暖房費用が相当節約できるだろうと確信しています。
 また、公営住宅でも、建物寿命が長くなるため、税金の有効活用になりますし、内装を入居者に任せることも容易です。更に、低所得者の方にとって、冬の寒さを我慢しなくてもよいというのは大きいでしょう。

<本書の目次>
<プロローグ いま「本当に良いマンション」は選択できるのだろうか?>
<第1章 日本のマンション事情と外断熱>
<第2章 本当の外断熱を知ろう>
<第3章 外断熱の工法と設備>
<第4章 外断熱のメリット(1)・・・省エネ(環境貢献)・ランニングコスト>
<第5章 外断熱のメリット(2)・・・資産価値が高い>
<第6章 外断熱のメリット(3)・・・健康とアメニティ(快適さ)>
<第7章 外断熱マンションの住まい方-従来の住まい>
<第8章 外断熱の現在と未来>
<第9章 外断熱への改修とコンバージョン>
<資料編>

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2005.07.18

障害者自立支援法衆議院通過

 先週、衆議院で、野党の反対を押し切って、障害者自立支援法案が採決された。
 この法案の成立を急ぐ必要性について、厚生労働省、法案の早急な成立を支持する人やマスコミの一部が言うのが、「今のままでは支援費が破綻するから」という理由だ。

 確かに、支援費は2003年度、2004年度と在宅福祉の予算が足りなくなり、他の予算を流用してきた経緯がある。これからも障害者福祉の需要は急激に伸びるのも確かだろう。
 しかし、そのような状況になった原因は、これまで障害者福祉に使う予算が少なく、基盤整備が遅れていたためである。また、予算が足りなくなったのは、サービス利用の伸びが見込まれたのに、それに見合うだけの予算を厚生労働省が確保しなかった(できなかった)ため。それも、公共事業の談合をなくして落札率を2%も下げれば十分捻出できる金額で、政府全体の支出から見た場合、決して大きなものではない。
 厚生労働省としては、「予算の確保が難しいから義務経費化しなければならない」と言いたいところだろう。確かに、在宅サービスについても国庫負担を義務化するのは、財政面で大きな前進であるし、障害者の生活を支える意味から考えれば、これまで義務化されていなかったのが不思議なくらいだ。これは、むしろ支援費の導入の際に、義務化をしておくべきだったと言えるだろう(そういう意味では、厚労省だけでなく国会にも責任はある)。

 しかし、今回、その義務化とセットで出された利用者負担について、あまりに理念が無く、内容が不明朗だ。
 今の日本の社会状況では、負担能力のある人に一定の負担を求めることの必要性があることは否定できない。しかし、まず、「障害のある人のハンディを補う支援は、機会平等の視点からも必須である」ということは、はっきりさせなければいけないだろう。
 今回の法案では、基本的な支援まで、「応益」負担(途中から厚労省は「定率」負担と言い換えたが)を求めるもので、所得に応じて上限をつけると言うが、6万円の障害年金しか収入が無い人の上限が約2万円ということになっている。この点、直感的に「それは無茶だろう」と思うとともに、厚労省は、障害者の生活実態をどう把握しているのか、また、施設から出て社会生活を始める際のプロセスについて具体的にどのように考えているのか、非常に疑問に感じる。
 おまけに、具体的な減免などは、政省令で決めることになっていることから、障害者の方々の多くは、実際に自分がいくら払わなければならなくなるかが分からず、自分の今の生活が維持できなくなるのではないかと非常に不安に思っている。(その他、現在支援を多く受けている人は、同じだけの支援を受けられるのかに不安を感じている。)

 これは、介護保険法の改正の時も同じような疑問を感じた。いくら法律からの委任に基づいて政省令を決めるのが建前としても、実際の立法過程を考えれば、内閣提出法案については、先に政省令レベルまで審議会等で検討して案を作り、法案とセットで提示して国会の審査を受けるべきだろう。そして、国会で法案が修正可決されたり意見がついたら、それにあわせて修正した政省令を正式に作るような形でないと、結局その法案によって、何がどう変わるのかが明確にならないため、委員会で実質的な審議が薄くなり、延々とむなしい質疑が繰り返されることになる。官僚も議員も消耗するだけで、非常に非効率なため、不幸だ。
 この点、介護保険法改正の時には「私たちを信じてください」と言う官僚がいた。しかし、もうそのような時代ではなくなりつつあるのだと個人的には思う。確かに、人と人が議論する以上、詰めていくと、最後には個人的な人間関係での信頼が物を言うことになるのだろう。だが、それが許される領域は、官僚が思う以上に狭くなっている。
国会議員の有権者に対する説明責任が重要になってきている以上、説明できないようなことを、個人的な信頼関係だけで了承するわけにはゆかない。有権者に対して、理由も無く「信頼できる人の言うことだから、信用しただけだ」などと、まともな政治家は口が裂けても言えないはずだ。

 話が逸れたが、今回の法案でも、本当にいろいろなことを考えさせられた。
 政府も野党も、社会保障についての基本的な考え方を、もっと明確に国民に示す必要があると感じる。今の状況では、国によるセーフティーネットがどんな高さでどこの範囲まであるのかが、全く見えない。これは、障害者福祉に限ったことではない。 このままでは、社会保障関係の法律を改正する度に、国民は制度がどうなるのかについてハラハラすることになり、とても安心できない。

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2005.07.04

なかなか書けない

 4月終わりから、いくつかの文章を書いたものの、アップできない状況になっている。
 政党の意思決定過程や有権者への伝わり方、議員と官庁の関係などについて、思うところ、考えさせられるところがあり書いたわけだが、どんな影響が出るか心配で躊躇する。かといって、文章を直してゆく中で、何を言っているのかわからないものになってしまい、出せない。

 とりあえず、なるべく消さずにおいて、この仕事を辞めたらまとめて公開することを考えようと思う。もっとも、その頃には面白くもなんともない話になっているだろうけど。

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2005.06.01

外断熱の有効性

 4月26日の決算行政監視委員会第四分科会で、中村哲治議員が外断熱について質問されました。
 先日中村議員とすれ違った際に、議員から「外断熱質問したから」と言われたので、検索してみたら確かにありました。
 個人的には、療養環境と省エネルギーの観点から、特に病院や福祉施設のようなところでは、外断熱と断熱サッシ、それにコジェネレーションなどの設備を半義務化してもよいと思っているので、引き続き、国土交通省だけでなく、厚生労働省などにも働きかける必要があると考えています。
 

162-衆-決算行政監視委員会第四分科会…-2号 平成17年04月26日

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2005.05.25

不適切な請願

 議員会館には、自分たちの希望する政策や、困っていることを伝えようと、毎日いろいろな方々がお見えになる。
 その中で、「『請願』の紹介議員になってほしい」という依頼がある。
 
 「請願」とは、憲法第16条に定められた権利(請願権)に基づいて、役所や国会に対して意見を提出するものだ。
 国会法には、これを受けて「第9章 請願」に、国会への請願について定められている。しかし、それ以外にも慣例的なきまりがいろいろある。
 今回、そんな慣例の中で、疑問に感じることがあった。

 ある介護保険法改正に関する請願について、衆議院での議決後に事務所に持ち込まれたものがあった。それを衆議院の請願課に提出したところ、「その国会で提出されている法案に関係する請願は、議決される前でないと受け取れないので、提出者に断ってくれ」と言われたのだ。
 しかし、憲法上保障された請願を一方的に、根拠無く断るわけにはゆかない。このため、根拠について尋ねたのだが、「うちの決まりです」というような要領を得ない答えしか返ってこない。
 その後、「議決されてしまった内容は、審議される可能性がないので」と言ってきたが、これも、参議院で修正されればもう一度衆議院で審議されることから、可能性が無いとは言えず、説明になっていない。
 それに、請願の目的のひとつは、「そのように考えている人がいることを議員等に知らしめる」ことなので、採決されたから受け取らないというのは、請願者にとっては余計なお世話だろう。
 だいたい、実際の審査は会期末なのだから、その時点ではほとんどの法案の帰趨は既に決している。そういう意味では、請願を法案採決前に出したところで、法案で実現されていれば既に意味を失しているから不採択であるし、法案で実現しなければ、既に見込みがないから不採択ということで、いずれにせよ不採択になる運命の請願なのだ。それを考えると、憲法上の権利として出されている請願なのだから、院としては形式的不備が無い限り気持ちよく受け取るのが筋だと思うのだが、私の感覚は変だろうか。

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2005.04.26

大画面TVの選択

 薄型大画面TVの選択と言えば、プラズマか液晶、どちらを選ぶかというものが多い。
木村剛のモノログ横丁でも「あなたはプラズマ派?液晶派?」という形でお題が出されている。

 私は、42型のTVを2年前に購入したが、そのとき選択したのは、液晶でもプラズマでもなく、ソニーのリアプロ(既に生産完了になってますが)だった。
何より、42型で33万円くらいという安さや、消費電力の少なさが魅力だったわけだが、購入を決意した大きな要因は、「言われるほど画質は悪くない」ということだった。

 販売店で液晶やプラズマと並べて間近で見ると、確かに画面の明るさの差も大きく、リアプロだと色のクリアさが低いように感じてしまう。しかし、単独で見たときに不満を感じるかと言えば、そんなことはない。
 昔のリアプロだと、画面周辺の光量が落ちていたり、全体に暗くて見づらいものがあったが、購入したものは、そのあたりは十分レベルが向上していた。映画の時以外は、明るさを落とした設定にしてちょうど良いくらいだ。
 プロの目からすると、画像が甘いと感じられるのかもしれないが、少なくとも私には十分だった。

 最近では、更に画質も向上しているようであるし、大画面TVを購入予定の人には、ぜひリアプロも選択肢に加えてみて、自分の目で確かめてもらいたいと思う。
 

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